コンサルタントである私が編集をやる理由
MY WORDS
中学生のころ、進路選択のために配られた、様々な職業が紹介されているパンフレット。それを見て何もピンとこなかった私は、漠然と「なんでも屋さん」になりたいと思いました。
大人になって、私はコンサルタントになりました。企業の経営について第三者としてアドバイスする仕事です。特別やりたいことがなかった自分にとって、様々な会社に携われる日々は、とても刺激的で楽しいものでした。
あるとき担当したクライアントは、事業環境が大きく変化したことで、事業モデルや組織を変えなければいけない状況にありました。いっぽうで、とにかく職人気質で「いいものをつくりたい」というDNAが脈々と流れている会社でもあり、その「らしさ」は失ってほしくないと思いました。何より、その会社が私はとても好きでした。
そこで、変化のための戦略を提案したあと、最後に「背骨を通す」という言葉を加えました。世の中に合わせて変わるだけでなく、自分たちらしさという一本の筋を通してほしい、と伝えたかったのです。
報告のあと、社長から「背骨っていい言葉ですね」と声をかけてもらいました。その後、その会社では「背骨」という言葉が使われるようになり、様々な変革の取り組みも着々と進んでいます。
ほんとうの意味で戦略を「伝える」のは、言葉だと思います。数字や分析は、戦略を部分的に「語る」ことはあっても、その意味を「伝える」ことにはなりません。経験を重ねる中で、「伝える」は経営の本質かもしれないとまで思うようになりました。
そんなときに出会ったのが、顧問編集者という仕事です。「伝える」というアプローチで経営に向き合う上で、こんなにぴったりな仕事はないと思います。
ふつうに考えれば、編集者とコンサルタントは遠い存在です。でも、私にとっては、両者はほとんど同じに見えます。
あいわらず私自身に「やりたいこと」はないけれど、「やりたいこと」に向かって走る人を一番近くで支えたい。「なんでも屋さん」を頼りたいと思ったときに、声をかけてもらえる存在を目指しながら、毎日の仕事に取り組んでいます。
大人になって、私はコンサルタントになりました。企業の経営について第三者としてアドバイスする仕事です。特別やりたいことがなかった自分にとって、様々な会社に携われる日々は、とても刺激的で楽しいものでした。
あるとき担当したクライアントは、事業環境が大きく変化したことで、事業モデルや組織を変えなければいけない状況にありました。いっぽうで、とにかく職人気質で「いいものをつくりたい」というDNAが脈々と流れている会社でもあり、その「らしさ」は失ってほしくないと思いました。何より、その会社が私はとても好きでした。
そこで、変化のための戦略を提案したあと、最後に「背骨を通す」という言葉を加えました。世の中に合わせて変わるだけでなく、自分たちらしさという一本の筋を通してほしい、と伝えたかったのです。
報告のあと、社長から「背骨っていい言葉ですね」と声をかけてもらいました。その後、その会社では「背骨」という言葉が使われるようになり、様々な変革の取り組みも着々と進んでいます。
ほんとうの意味で戦略を「伝える」のは、言葉だと思います。数字や分析は、戦略を部分的に「語る」ことはあっても、その意味を「伝える」ことにはなりません。経験を重ねる中で、「伝える」は経営の本質かもしれないとまで思うようになりました。
そんなときに出会ったのが、顧問編集者という仕事です。「伝える」というアプローチで経営に向き合う上で、こんなにぴったりな仕事はないと思います。
ふつうに考えれば、編集者とコンサルタントは遠い存在です。でも、私にとっては、両者はほとんど同じに見えます。
あいわらず私自身に「やりたいこと」はないけれど、「やりたいこと」に向かって走る人を一番近くで支えたい。「なんでも屋さん」を頼りたいと思ったときに、声をかけてもらえる存在を目指しながら、毎日の仕事に取り組んでいます。
社外
アドバイザー
アドバイザー
柿内 芳文
かきうち よしふみYOSHIFUMI KAKIUCHI
